--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ペルー 【世界一周 3ヶ国目】

2013年05月09日 21:00

【滞在した場所】リマ、クスコ、マチュピチュ村、プーノ
【訪れた世界遺産】リマ歴史地区、クスコ市街、マチュ・ピチュの歴史保護区

DSC04822_convert_20130505234955.jpg

DSC04824_convert_20130505235102.jpg

DSC04870_convert_20130505235143.jpg

DSC04979_convert_20130505235223.jpg

DSC05008_convert_20130505235306.jpg

DSC05060_convert_20130505235346.jpg

DSC05231_convert_20130505235426.jpg

DSC05388_convert_20130505235549.jpg

IMG_1917_convert_20130505235636.jpg

IMG_2110_convert_20130505235715.jpg

IMG_2268_convert_20130505235800.jpg

IMG_2291_convert_20130505235846.jpg

IMG_2354_convert_20130505235937.jpg

IMG_2399_convert_20130506000034.jpg

IMG_2475_convert_20130506000123.jpg

IMG_2517_convert_20130506000246.jpg

IMG_2519_convert_20130506000329.jpg

IMG_2561_convert_20130506000431.jpg

DSC05335_convert_20130505235509.jpg

IMG_2593_convert_20130506000522.jpg

IMG_2611_convert_20130506000603.jpg

マチュピチュ、ナスカの地上絵、チチカカ湖等々…。
多くの観光資源を持つペルーは南米きっての観光立国だ。

ここはかつて南米全土を支配していたインカ帝国の都があった地でもある。
インカ帝国は侵略者のスペイン人に滅ぼされ、帝国内にあった金はスペイン本国に持ち出された。
その量は持ち込まれた金によってスペインにインフレをもたらす程のものだった。

インカ帝国の都だったクスコは今もその街並みの美しさから世界遺産に登録されている有名観光地だが、
王がいた居城は軒並み破壊され土台しか残っていない。しかもスペイン人はその土台の上に教会等を立てていった。
だが、その後に発生した地震によって教会は破壊されたにも関わらず、その下の土台はビクともしなかったという。
これはインカ帝国の建築技術の高さを示していると言われる。

スタジオジブリ制作の「天空の城ラピュタ」のモデルとなったことで、日本人には特に知名度の高いマチュピチュは
そのインカ帝国の隠れ居城であった。いうなれば王の別荘である。
スペイン軍にその存在を見つけられなかったことで破壊を免れ、インカ帝国の文明の高さを今日にまで伝えている。
マチュピチュは王の居城だけでなく、その城下町も含まれている。
そのためマチュピチュには教会や民衆の住居、工場や畑など、様々な施設が設けられている。
また、マチュピチュの向かいにはワイナピチュという峰がそびえている。
マチュピチュとワイナピチュは対の存在として、インカ人の信仰の対象となっていたらしい。

マチュピチュは高度2400m、クスコは高度3600mと、非常に高い位置にあるので
来訪所の多くは高山病(短時間で高度に移動することで起こる病気)になる。
自分も例外では無く、クスコに着いてからは吐き気とめまいとの戦いだった。
さらにその後、ワイナピチュ登山にも挑戦したことで死にそうな目にあった。
だがワイナピチュから見下ろすマチュピチュの姿は感動的だ。
ワイナピチュ登山は基本早朝決行なのだが、登頂後は朝もやに隠れたマチュピチュが
時間と共に徐々に姿をあらわすところを見ることができる。

アンデス地方の貴重な水源であるチチカカ湖にはトトラと呼ばれる水草で作られた浮島が数多くある。
その島の上には同じくトトラで作られた家が並び、工芸品の多くもトトラで作られている。
なぜそのような島々が造られたのかなど謎の多い存在だが、独特の景色がそこには広がる。

ペルーは超ど級の観光名所がいくつもある国だが、かなり治安が悪い。
特に人口800万を超える大都会のリマは窃盗や強盗が多発しており
そのため街の観光ポイントには数十メートルおきに観光警察が立っている程だ。
昼間でも裏路地には近づけない雰囲気があり、この旅で訪れた中でも最も危険な街だと言える。

流しのタクシーに乗るのも危険だと言われており、自分は下宿先の専属タクシーを利用した。
そのドライバーは見た目はヤンチャだが、とても紳士的で賢い人だった。
彼の名前はホセ。2児の父親で兄はアメリカに出稼ぎに行っているそうだ。
片言の独特の訛りのある英語で色々な事を教えてくれた。良い出会いだった。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://taill.blog72.fc2.com/tb.php/273-092d80df
    この記事へのトラックバック


    最新の記事


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。