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音楽の聴き方

2010年05月13日 21:00


音楽の聴き方 / 岡田暁生
★★★★★★★☆☆☆

創造力に満ちた聴衆のみが、音楽家たちと協力しあうという課題を果たすことが出来る。
享受し消費することしかしない聴衆は、創造者たちを麻痺させるだけだ。━パウル・ベッカー


音楽を多分に言語的だとする筆者は、音楽に一定の聴き方があると主張する。
平たく言うとそれはお約束とも言うべきもので、
その音楽がなぜそのような音を出すのかを理解することだ。
外国語の文法を学んでその言葉に詳しくなるように、音楽の法則を学んで理解を深める。
あるいは外国語を何度も何度も聴いて身に付けるように、音楽も経験を重ね理解を深める。

音楽は聴くものであり、語るものだとも筆者は言う。
語ること(あるいは読むこと)によって音楽をより深く理解することができる。
ソムリエが味覚に対する語彙を多く持っているように、
音楽を語る言葉を多く身に付けることで音楽をより深く理解出来る。
音楽用語の多くが「音楽を語る」活動の末に生まれている。
そして、その用語をもって音楽はさらに作られている。
また音楽にとっても言葉で語られることで、
その言葉と結び付いて新たな意味を持ち始める場合もある。
ある曲を猟犬達がじゃれ合うようだと言われると、
もう一度それを聴いた時に最初とは違って聴こえるという風に。

音楽が出来ない奴に音楽は語れない。
このような主張にも、著者は映画の一場面を引用して反論してみせる。

毒舌で有名な料理雑誌の編集部に、記事で料理を批判された料理人が
「自分で料理も作れないお前に、料理のよしあしの何がわかる!」とどなりこんでくる。
これに対し編集長はこう切り返す。
「では君はニワトリでもないのに、どうして卵のよしあしが分かるのかね」

つまり音楽に限らず、する能力と味わいを楽しむ能力、あるいは考え語る能力とは、
必ずしも同じではない、という訳だ。

素人は音楽においてもっとも多く「感じ」、教養ある芸術家はもっとも少なく「感ずる」━ハンスリック

音楽の理解の方法を導いてくれる本作だが、1つ疑問が。
あるジャンルの音楽に深い感銘を受け、そのジャンルにのめり込んでいく。
その時の感覚を求めて多くの作品を触れるが、そのジャンルに詳しくなっていくにつれて、
初期のような衝撃に出会える機会は少なくなっていく。
つまり音楽を深く理解することと、音楽を楽しむことは時に相反するのではないか、という疑問。


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