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制約が生む自由

2010年05月10日 23:30

ある時代のピンク映画・美少女ゲームは内容が自由だという。
ピンク映画ならば濡れ場が、美少女ゲームならば萌え要素があれば、後は何をしても良い。
上記の条件を満たせば絶対に買ってくれる消費者がいるから自由にできる。

ラップは韻を踏めば後は何をしても良い。時には押韻すらしなくても良い。
ラップをすれば良い。それが上手ければ言うことはない。
後は何を言っても良い。自己主張しようがストーリーを紡ごうが自由。

大衆を相手にする映画や音楽はそうはいかない。内容が見られる。メロディが聴かれる。
それが大衆の興味・趣味にそぐわないと失敗する。
監督やアーティストの名前だけで作品を購入する消費者もいる。
しかしその裏にはこの人ならばこのような作品になるであろうという、隠れた期待がある。
それが制約を生む。

ラップはもっと自由になれる。
狭義のHIPHOPとしてのラップではなく、単にラップミュージックとして。
その結果がHIPHOPであるかかどうかは問題ではない。
良いものは残る。それがHIPHOPかどうかは問題ではない。


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