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イスラエル 【世界一周 11ヶ国目】 エルサレム 後編

2017年03月05日 12:00



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宿からバス(7.3NIS/180円)で30分程のベツレヘム(パレスチナ自治区)に行ってみた。

ここはキリスト生誕の地とされる生誕教会がある。
住民はアラブ人が多く、落ち着いた雰囲気の旧市街とは違い混沌としている。
謙虚のドアと呼ばれる生誕教会の入口は高さ1m程しかなく、最初どこにあるのか分からなかった。
教会は十字軍時代に要塞として使われていたこともあり、外観は要塞みたいだが、中は素朴で神聖な雰囲気だった。

聖母が生まれたばかりのイエスと過ごしたとされる、ミルク・グロットという教会にも行ってみる。
乳白色のとてもかわいらしい場所だった。道中にはオリーブ工房や土産屋もたくさんあった。
入って買い物をすると優しそうな店長に「ゴット・ブレス・ユー(神のご加護を)」と言われ、少し感動する。
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イスラエル 【世界一周 11ヶ国目】 エルサレム 中編

2016年11月18日 00:00

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旧市街は見所が目白押しだ。
福音書の著者マルコの家だとされる場所にある聖マルコ教会やイエスの審判が行われたエッケ・ホモ教会、
マリア生誕の地とされる聖アンナ教会とベネスダの池、6世紀に作られたパレスチナ地図にも記載がある繁華街カルド等、時間の許す限り周った。

道の入り組んだ街なので、人に尋ねる事も多かったが皆丁寧に教えてくれる。
ユダヤ人は少し人見知りな印象を受けたがとても親切だ。
まだ10歳に満たない少女も英語ペラペラだった。普段はヘブライ語を話しているだろうに、凄い。
ここにはヨーロッパでもアメリカでもアラブでもアジアでも無い世界があった。
ユダヤ人地区で平和に暮らしている彼らを見ていて、この世界がずっと続いて欲しいと思った。

神殿の丘からケデロンの谷を挟み、東側に標高825mのオリーブ山がある。
ここはイエスの足跡が数々残され、クリスチャンにとって神聖な場所だ。
ユダヤ教徒にとってもここは聖地巡礼の最終目的地であり、
週末の日が訪れるとメシアがオリーブ山に立ち、黄金の門が開かれ、死者たちが復活すると言われている。

イエスが昇天したとされる昇天教会や聖母被昇天の場所といわれるマリアの墓の教会にオリーブ山を登って行ってみる。
そのまま旧市街を城壁のすぐ外側から回りこんで、街の南西にあるシオン丘にも歩いていく。
ここにはダビデ王の墓や、レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐で描かれた部屋がある。
部屋の中に特に何かがある訳では無いが神聖な雰囲気が感じ取れた。

イスラエル 【世界一周 11ヶ国目】 エルサレム 前編

2015年08月24日 21:00




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ダマスカス門まで徒歩10分の東エルサレムの宿に4泊し、エルサレムの観光をした。
旧市街はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地で世界遺産だらけだ。

ダマスカス門をくぐり旧市街に入ると、中は狭い路地に商店がずらりと並び屋根のある道や階段も多く、さながら迷路のよう。
この辺りはムスリム地区でイスラム教色が強い。

そこから徒歩で10分のキリスト教徒地区には、イエスが十字架にかけられたゴルゴタの丘の上に建つ聖墳墓教会がある。
ここはイエスの墓があるキリスト教最大の巡礼地だ。
教会には多数のチャペルがあり、ローマ・カトリック、アルメニア、コプト、ギリシア正教などの各派がそれぞれ管理している。
そこから300m南西に歴史博物館として利用されているダビデの塔がある。

聖墳墓教会から東に400m行くと神殿の丘がある。ここはメッカ、メディナに続くイスラーム第三の聖地であり、
預言者ムハンマドが昇天したとされる岩石を抱え込むようにして建つ、エルサレムの象徴的存在である岩のドームがある。

その目と鼻の先にユダヤ教にとって最も重要な場所である嘆きの壁がある。
ここにかつてあったユダヤ教の神殿が西暦70年にローマのティトス将軍に破壊されてから、
ユダヤ人は年に一度許可された来訪の度に、部分的に残った神殿のこの外壁で、帰郷を願って祈るようになった。

1967年6月7日の6日間戦争に勝利したユダヤ人はこの場所の管理権を取り戻した。
ユダヤ教の神殿崩壊から、実に1900年間に及ぶ悲願の達成であった。
もみあげと髭を伸ばした全身黒尽くめの正統派ユダヤ教徒が壁の前で全身を揺らしながら懸命に祈るすぐそばで、
借り物のキッパ(小さな帽子)を被った観光客が笑顔で写真を撮っている、その差が印象的だった。

イスラエル 【世界一周 11ヶ国目】 入国編

2015年08月06日 23:00

【滞在した場所】エルサレム

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翌日はヨルダンを出てイスラエルに向かう。
まずは両国の国境のあるキングフセイン行きのセルビス(小型の乗り合いタクシー)乗り場へ
タクシー(2.5JD/275円)で移動する。キングフセインへタクシーで直接行くことも出来るが遠いので高くつく。
次にセルビス(6JD)でキングフセインに移動する。結構距離があり1時間位かかる。
この運転手が時速80km出しながら、しかもカーブの所で、
両手を離して膝でハンドルを挟んで運転するので生きた心地がしなかった。

キングフセインに着くと出国審査を受け、イスラエルに向かうバス(6.5JD)を待つがなぜか1時間以上待たされる。
やっと乗れたバスでの移動中、外ではマシンガンを持った兵士がウロチョロしていた。
この辺りは緩衝地帯でヨルダン・イスラエルの両国どちらにも属さず緊張感がある。

イスラエル側に到着し、悪名高いイスラエルの入国審査が始まる。
入国審査自体は割とスムーズに終わったのだが、荷物検査で預けた俺の荷物が一向に返ってこない。
係員に確認すると審査中だと言うが、荷物は検査室にずっと放置されたままだ。
3時間待たされた後、一緒に荷物を検査すると検査室に呼ばれる。
係員は10秒位荷物を見つめた後、何もせずに荷物を返してきた。検査は!?どうやら単なる嫌がらせらしい。
俺と同じ状況の人は何十人もいて(イスラム教徒が多い)日本人である自分はまだスムーズに事が済んだ方のようだ。

その後、エルサレム行きのバス(10JD)に乗る。ホテルがバスの乗り場から徒歩10分程度だったのが幸いだった。
9時半にアンマンを出発し、エルサレムに到着したのは17時半。移動距離は50km程度なのに実に8時間も掛かったことになる。

ヨルダン 【世界一周 10ヶ国目】 アンマン編

2015年08月05日 00:00

【滞在した場所】アンマン

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ペトラ観光の翌日はワディ・ムーサからヨルダンの首都、アンマンへの移動日だ。
翌朝、宿の従業員に教えてもらったバス乗り場に向かう。

アカバからワディ・ムーサに向かうバスでは出発まで3時間待たされたが、
首都であるアンマンに行く人は多いのか、今回の乗り合いバスは30分足らずで満席になり出発となった。
途中乗客がさらに乗ってきて、24人乗りの車に最大で29人が乗り合わせる。席が足りず経っている人もいる。
バスの運転手はかなり短期らしく、途中の乗り場に客がいても早く車に乗り込んでこないと、乗せずに出発してしまう感じだった。
その分時間には正確で予定通り3時間でアンマンに到着した。バスの料金は6JD/660円と安かった。

到着したはいいが、今アンマンのどこにいるのか全く分からない。
店主に道を聞いて(タクシーに聞いては絶対に駄目だ。それでは騙して下さいと言っているようなものだ)タクシーで宿に向かう。
この運転手がふざけた奴で、握手を求めてきたりガムをくれたりやたら愛想は良かったのだが、
宿の場所が分からないと6度も車を止めては通行人に道を聞きまくる。
結局連れが宿を見つける始末で、メーターが回りまくった結果本来の3倍近い料金を支払うことになった。完全に時間稼ぎだ。

その日の宿は欧米人のバックパッカーの客が多く、夜中までうるさかった。最悪だ。
夕食にはひよこ豆の揚げ物と野菜にペースト状の豆をかけたものを挟んだクレープ状のパンを食べる。
1個0.3JD/33円と超安く、超美味い。
宿の周りはアンマンのメインストリートのようで、散策してみた。
固めの餅にラムネやココナッツ等のパウダーをまぶしたお菓子が美味しそうだったので10個(1.5JD)を大人買いした。
明日はヨルダンを出て、イスラエルへ向かう予定だ。


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